大阪府三島救急医療センター 072-683-9911

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救急医療の現状とプレホスピタルケア

―救急看護師にもとめるもの―

森田 大 救命名誉所長

 はじめに

 皆様は、日ごろの看護業務の忙しさに取り紛れてしまって、救急看護とは何か、現状の救急医療の問題などを大きな視点でゆっくり考える余裕がなかったのではないでしょうか。本講演では、救急搬送症例からみた救急医療体制の現状、ついで病院外心停止症例からみた救急の現状から垣間見ることができる問題を提示し、これからの救急看護のあり方についての持論を述べます。

救急搬送症例からみた救急医療体制の現状

 ご存知のように、救急病院は初期、二次、三次に分けてあります(図1)。

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これは行政が病院を管理しやすいように機能分類し、患者をこれに当てはめるようにしてあるだけで、もともと患者の立場にたって決められた訳ではありません。その証拠に、初期診療のミス、患者のたらいまわし等、いつまでもマスコミの負の報道となっているのを見かけるでしょう。

 今から40年数年前に道路事情が悪いなか自動車が急激に増加し、交通事故の傷害者が多発したので、これを受け入れる病院の整備が必要になったのです。現場で救急隊員が観察してもけがの軽い人や、重篤な人が分かりますから、軽傷の人やバイタルが安定している人は初期や二次で、重傷な人やバイタルの不安定な人は三次へ搬送できるようにトリアージされ、そして医療材料が効率よく利用できる(?)ように行政的に分類がなされました。これを受けて外科を中心とした二次救急病院が雨後の筍のように開設されたのです。多くは私的な救急病院でした。これらの救急病院をまとめ、侵襲学等の学術発展のため31年前に、日本救急医学会が設立され、小児を含む外傷、熱傷、切断指、中毒、災害医療を中心に発展してきたのです。まさしく日本の救急医療体制の整備は外傷患者のためであったと言っても過言ではありません。

 ところが、小児を含む疾病救急患者に対する適切な救急医療体制の整備が置いてきぼりにされていたのです。これらは、既存の病院、あるいは救急病院に内科医または小児科医を雇用すれば事足りると考えられていました。急病のため搬送先病院で亡くなっても、家族は納得できずとも仕方がないと諦めていた時代があったのです。また、医学教育でも初期救急で急変または重症化しうる患者を見分ける能力の養成や、症候から初期診断、初期治療にいたる思考過程の訓練がなおざりにされていたりしたのです。初期病院で誤診された、収容された二次病院で治療が間違われ死亡した等の報道が相次ぎますと、救急医療に対する国民の不信感が芽生えてきます。あの病院へは運んでほしくないなどの要請が多くなります。皆様は急病患者の収容先を初期、二次、三次のいずれの病院を選択するか発症時即座に判断できますか? 救急隊員も、急病患者の収容先病院をどのように選択するのが良いのか、標準的な選択基準もなく、救急病院の情報が市民や消防に公開されていないので判断に難渋しています。図Aに救急患者の流れと問題点を示します。前述の外傷のトリアージでは対応できなくなり、初期、二次、三次の機能分類では整合性がつかなくなってきたのです。疾病救急患者は、一見バイタルが安定しているように見えても、急変するのです。皆様もご存知のように、とくに、呼吸・循環器系救急の特徴といえるものです(表1)。

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独立した救急部がない二次病院の外来では一般患者と混在したり入院患者の検査・処置に追われ、医師も看護師も救急患者を待たせる場合があります。もし、自分が病気になったら、家族が病気になったらこのような病院へ運び込まれたいですか? 1999年厚生労働省「循環器疾患における救急医療に関する研究班」の調査では、くも膜下出血が再破裂する場所は初期や二次病院内が20%、そこから転送・転院する途中が6%であり、計26%が現救急体制の犠牲者になっています。また、急性心筋梗塞でも初期または二次から三次または専門病院へ収容するのに、直接収容する場合に比較して3倍時間がかかっている事実も判明しています。その結果、早期の適切で専門的な治療のタイミングを失います。また、ある疾病では二次に収容された救急患者の死亡率が三次より高いことも報告されています。さらに心筋梗塞の急性期死亡の半数が病院にたどり着く前なのです。

 時代は情報化がすすみ、一般国民は医療に関する知識を容易に入手することが可能になり、良質な医療、専門医療に対する社会的ニーズもますます高くなってきました。急病時自分で病院を選べないので、現状では救急隊の判断に頼るしか術がありません。「公立の救急病院へ搬送してくれないだろうか」とか、搬送中に「病状が悪化したら…」、「急変したら…」と不安が絶えません。現場から病院搬入までの病院前救急医療は、医師や看護師の存在しない医療空白地帯なのです。これを忘れないでください。

 医師や看護師が急病になったら同僚や後輩のあるいは紹介で良い病院へ、議員が急病になったら秘書に頼んで一流病院へ直行することが可能ですので、一般国民の苦労は理解されていません。

病院外心停止症例からみる救急の現状

 いままでは、病院にたどり着くまでに急変したら助からないと考えられてきました。それほど日本の救急医療体制はお粗末でした。16年前の昭和天皇大葬の礼では、救急先進国の国賓のためにそれぞれの国から救急車両、救急医療器具、輸血セットなど運びこまれたことは記憶から消え去っておりません。病院前救護の整備は、消防が考えればよいという医療側の姿勢があり、真剣であったとはいえませんでした。これは、世界に通用しない考え方です。病院前救護を欧州方式にするか米国方式にするか検討された結果、米国方式の救急救命士制度が運用されました。しかし、思うように救命率が向上したとはいえないのです。 

 救急医療体制を世界共通の尺度で客観的に評価する方法があります。最終評価基準として生存退院率と救急活動の時間経過を測定するウツタイン様式が13年前に欧米からガイドラインとして公開されました。これを用いて、1998年5月から2001年4月まで大阪府下で発生した院外心停止症例の救命効果を検証していますので、その結果を示します。居住人口は約880万人で毎年1年間に約4900人が蘇生対象として救急病院へ搬送されています。その原因として推定を含む心原性は約52%を占めます。残りは非心原性すなわち外傷、薬物中毒、溺水、自殺、窒息、出血、心臓以外の疾病、悪性腫瘍、乳児突然死症候群等です。倒れるところを目撃された心原性症例に絞って検討しますと、おもな発生場所は自宅が68%、職場が4%、収容先は二次への搬送が約75%、三次への搬送が約25%でした。二次のではガイドライン2000に準拠した救命処置ができているかどうか不明であるが、残念ながら防ぎえた死亡(preventable death)の発生もあると思われる。三次であれば脳低温療法ができたかもしれません。図3は最新の2000年5月から2001年4月までの症例の転帰を示しました。

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全体の1年生存率は3.6%(ちなみに目撃された非心原性では2.3%)、現場での個々の心電図波形で見ると心室細動が13.7%と最も高い1年生存率がえられています。bystander CPRの有無では、実施された場合は4.8%、されていない場合は2.5%と有意に1年生存率に差がみられました。発生場所別の心室細動発生割合は自宅では約10%、職場では約35%、平均年齢では自宅発生が70歳、職場発生が53歳でした。心室細動の発生は50~60歳台が最も多くを占めます。社会的に働き盛りです。このような人こそ救命し社会復帰させねばなりません。現場で除細動が成功して、心拍再開すると1年生存率は46%と最も高く、病院到着時再び心室細動になっていれば13%(図4)、除細動が効果なくそのまま心室細動で搬入された場合には7.9%、心静止では2.2%(図5)と低下しています。

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これは、救急救命士では病院到着まで状態を安定させうる手段がないからです。もし、医師や看護師が現場に赴いておれば、preventable cardiac deathを回避できたかもしれないことを肝に銘ずる必要があるでしょう。目撃された心原性心停止で心室細動症例の年次別救急活動とその転帰のまとめを表2に示します。

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倒れてから除細動が実施されるまでの時間短縮とともに、徐々に1年生存率の改善傾向がみられます。40%程度を達成するには、病院外での昏倒から除細動まで5分以内を目標にしなければなりません。

将来、期待される救急看護師の姿

 恣意的な行政主導の初期、二次、三次医療機関が存在し、現場活動のすべてを救急隊員に任せる救急体制が存続する限り、また、救急患者に対するプライマリケア、プレホスピタルケアを重視する救急医、救急看護師が専門性として育成されない限り、上述した現状の問題が解決されません。その結果、マスコミによる負の報道が続き、国民の救急医療全体(一部の救急病院が頑張っていても)に対する不信・不安が払拭されることはないでしょう。救急は24時間365日全次対応と考えてください。救急外来で適切な初期判断、初期治療の上、自施設または他施設の専門医にバトンタッチするということです。大きな問題は、いまだ救急医の概念や定義が定まらず、重症外傷の救命と重症患者の集中治療に特化した今までの救急医療のあり方のなかで、日本救急看護学会は独自性を出そうとしてもその呪縛に囚われすぎているのではないかと危惧します。救急医の医療技術も既存の外科、集中治療部と重なる部分が多く、各科専門医との間でのお互いにわだかまりがあるのです。同じ轍を踏まないように救急看護師に対し、既存の呼吸療法認定士、重症集中ケア認定看護師、手術部看護師等と整合性の取れない専門性の重複育成は避けるべきであると考えます。知識として持つことは否定しませんが、専門性にはつながりません。看護の学術研究も浅薄なものとなります。また、それぞれの分野において日進月歩高度化する看護技術、看護知識についてゆけないことは明白であります。独自の救急看護学を体系化すべきでしょう。

 救急は医の原点といわれております。では、救急の原点とは何でしょうか。それは往診です。救急現場へ行くことです。患者のために現場から生命を守り、傷病の悪化を極力防止する良い医療、良い看護をしようというプロとしての意識を持たなければなりません。救急看護師に期待するものとしてその概念図を図6に示します。

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救急看護師は救急医ならびに救急救命士とのチームの一員として、現場での身体評価、DNRを含むトリアージ、搬送中の病状安定化、preventable deathの回避、家族へのケアと調整等が幅広く求められるのです。救急外来では診療補助としての役割、家族への精神的支援、あるいは消防では指令課員への補助として傷病者の情報収集、無線を通じての患者への援助、病院間調整役など、現場、消防本部、救急外来の“救命のトライアングル”のなかに多々活躍の場があります。リスクの高い患者退院時の家族への自動体外式除細動器の取扱い指導を含めての心肺蘇生教育、ACLSインストラクター等、あるいは自主的な関わりで退院まで患者の一連の経過を観察することも可能です。患者を一瞥すれば次の1~2時間で何が起こるか予想がつくようになります。救急看護師として臨床の勘が研ぎ澄まされてゆくのです。これが専門性でなくて何なのでしょうか。このような経験豊かな看護師が各部署に再配属されることにより、急変患者へ的確に対応でき、既存診療科の看護師からの信頼も厚くなるでしょう。このような救急看護師を送り出すことによる社会的評価についても、日本救急看護学会として検証していくべきであると考えます。

おわりに

おりしも、平成14年8月に厚生労働省では患者本位の医療提供体制を確立するために、最重点項目として、患者視点の尊重、そのためには医療に対する情報提供の推進、安全で安心できる医療の再構築を改革の基本的方向として掲げました。また、平成15年3月には新たな看護のあり方に関する検討会報告を出しました。「特定領域について、より専門的な教育・研修を受けた専門性の高い看護師の養成強化や普及」が謳われております。すべての国民等しく健康を維持し安心して生活を営むために、救急医療のさらなる充実を期待する、それこそ特定の医療分野なのです。国民の期待を裏切らない救急医療体制を再構築するために、本講演でいささかなりとも皆様の心に響く何かがあれば、一人一人が主体的にできる範囲で行動をおこしていただければ幸いであります。最後にまとめを示します(表3)。

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