大阪府三島救急医療センター 072-683-9911

BlueBar.gif

BlueBar.gif

プレホスピタルケアの重要性:救急救命士活動の展開

森田 大 救命名誉所長

はじめに

 先進諸国の中でわが国の心原性心停止患者の生存退院率は低いと言われてきた。心原性、非心原性を問わず、院外心停止(out-of-hospital cardiac arrest: OHCA)患者の生存退院率を欧米なみに改善する目的で、1992年7月から医療機関との連携のもと、高度かつ専門的な救命処置ができるように米国のパラメディックをモデルとして救急救命士の活動が開始された。しかし、米国のパラメディックあるいは欧州のドクターカー中心のプレホスピタルにおける業務内容とは著しく差がみられたことや、高度な救命処置を実施するには「医師の具体的な指示」を必要とする法律上の縛りが、迅速性が求められる活動を阻害してきたことから、転帰に関して制度発足前後を比較して改善がみられなかった。

 欧米では古くから救命行為にchain of survivalの概念が導入され、一般市民による実践が生存退院率の向上に寄与してきた。しかし、改善に限界が生じてきたことから二次救命処置であった除細動を一次救命処置に組み入れ、そのchainを強化する目的で居合わせた一般市民に実施させようという大胆な計画が、1995年6月に米国心臓協会理事会により承認され、国を挙げての取り組みに発展した。  

 わが国でも欧米の流れを受けて、2003年4月から救急救命士がOHCA患者に対して行う特定三行為への法的な縛りを緩和し、救急医療機関の一層の協力を得ながら業務内容をより拡大・高度化しつつある。さらに規制されていた非医療従事者への自動体外式除細動器(automated external defibrillator: AED)の使用を2004年7月以降解除し、市民に救命の意識を高めつつプレホスピタルケアの整備充実に一歩踏み出したのである。  

救急救命士の救急業務

 一般救急隊員の行う従来の応急処置のほかに、1)器具を使った気道の確保、2)電気的除細動、3)静脈路の確保と輸液の開始、の特定三行為が法的に許可され、救急救命士の国家資格をもった救急隊員が実施することとなった。これで、転帰の改善が期待されたが、医師以外の職種の者が医療機関の外で侵襲的な医療行為を実施するにあたって、オンラインによる「医師の具体的な指示」を必要とすると定められたことから、初期目標の達成は困難であった。つまり、OHCA患者に対する除細動の際、1分1秒の時間短縮が救命率向上に寄与し、患者の転帰に影響を与える重要な因子であるという認識が、医療従事者と為政者との間で乖離していたと思われるからである。

 それでも現場の努力で、1998年から2000年の3年間に心原性心室細動例を対象にした調査では、虚脱を目撃してから除細動実施までの時間が中央値で18分から14分へ短縮したことで、1年生存率が7.3%から13.7%へと改善した。心原性心停止例のそれぞれの条件下における1年生存率では、虚脱を目撃された心室細動(VF)例の生存退院率が最も良好であった。現場での除細動が首尾よく行われ、病院到着時に自己心拍再開していた患者(洞調律の場合)の1年生存率は46%、一方、一時的に自己心拍再開したものの、心拍が安定せず病院到着時に再びVFである場合の1年生存率は13%と顕著な差がみられた。また、心拍再開が一時的にでも得られずVFのままであれば7.9%、心静止になっておれば2.2%であった。早期の心拍再開と再開後の搬送中の病状安定化がいかに重要かを物語るデータである。  

 そこで、制度発足以来10年目を迎えるにあたり総務省消防庁と厚労省は、救急救命士制度を再評価し、救急医療体制の中での救急救命士の位置づけと役割を明確化したうえで、救急救命士に対する救急業務のさらなる拡大と高度化により、患者の搬送途上における救命効果の一層の向上を図るための法的整備が重要であると結論した。

救急救命士業務の高度化

2002年12月にまとめられた報告書において、救急業務高度化の具体的な内容として、次の3点が示された。OHCA患者に対して、

 ①医師の具体的な指示を要しない、包括的な指示(オフライン)による除細動については2003年4月から実施を認める。

 ②気管挿管については、2004年7月から実施を認める。

 ③薬剤投与については、2006年4月を目途にエピネフリン静脈内投与のみに限定して実施を認めるとの検討結果が示された。

①包括的指示下での除細動について

 欧米で安全性と有効性の双方に優れているとされる二相性波形によるAEDを用いること、実施行為に対する医学的検証を行うべく府県単位ごとにメディカルコントロール協議会が設置されていること、救急振興財団作成の除細動プロトコールを用いることを条件に、いままで許可されていなかった無脈性心室頻拍についても早期除細動の重要性に鑑み、実施できるようになった。包括的指示のもとでの時間短縮については、患者接触から除細動実施までの時間(中央値)は2000年の6分から2分に短縮した。

 除細動実施までの時間は、心停止から119番通報(覚知)までの時間はα分、覚知から救急隊現場到着まで全国平均6分、患者接触まで1分、そこから医師の具体的指示を受けるまでβ分を要していたが、包括的指示下ではβ分がなくなったぶん最短7+α分で実施できることになる。しかし、これでも生存退院率の改善には限界が生じることが予想されることから、さらに向上させるには7+α分の限界を乗り越え、心停止から5分以内の除細動実施が可能となる施策に取り組まなければならない。さいわい、厚労省は非医療従事者による除細動実施(public access defibrillation: PAD)の導入を図った。

②気管挿管について

 気道確保の方法として従来から用いられてきたラリンゲアルマスク、食道閉鎖式エアウェイは安全性にすぐれ、適切に用いれば気管挿管と遜色ない有効性を示すので習熟しておれば最大限活用している。しかし、気管挿管しなければ気道確保が困難な患者も一部存在することから、OHCA患者の生存退院率向上に寄与するという科学的根拠はないものの、医師の具体的な指示に基づき、必要な講習・実習を終了する等の諸条件を満たした救急救命士に限定的に認められた。

③薬物投与について

 2003年12月の「救急救命士による薬剤投与について」の報告書における概要は、薬剤使用は医師の具体的指示に基づき適切なメディカルコントロール体制下にエピネフリンの静脈内投与に限定して認めるとした。除細動や気管挿管に比較してより危険を伴う医療行為であるためプロトコール作成のもと一層の医学的検証の充実を要する。追加講習ならびに実習修了者等の諸条件を満たした就業中救急救命士に限定的に使用許可するとしている。2006年4月からエピネフリンの静脈内投与に限って実施されている。

 以上3点の業務高度化が実施されても、病院収容までの間、自己心拍再開が得られた患者の心拍を維持して行くための継続治療を、誰がどのように担当するのか検討されねばならない。

メディカルコントロールの意義

 1992年救急救命士制度が運用されて以降、病院収容までに医療行為(プレホスピタルケア)が行われているにもかかわらず、実施された医療行為の質を医学的に検証する方法がなかった。また、年々増加する救急救命士の就業後教育も十分ではなかった。2000年5月厚労省が「病院前救護体制のあり方に関する検討会」で、質の向上を図るためには救急医療機関の一層の協力を求めながら、メディカルコントロール体制構築の必要性を取り上げ、2001年3月に総務省消防庁が「救急業務高度化推進委員会」で医師の指導・助言体制、事後検証体制、生涯教育体制の3つを主眼においたメディカルコントロール体制の早期実現に向け努力すべきとした。これを受けて、2002年7月には各都道府県単位で救急業務高度化推進委員会が発足し、その下部組織である二次医療圏ごとの「地域メディカルコントロール協議会」が、府県共通書式の救急活動記録表(検証票)に基づいて、2003年4月から医学的検証を開始した。

 狭義のメディカルコントロールとは、救急救命士業務の高度化に伴い病院到着までに医師の肩代わりとして行なわせている医療行為に対する医学的検証を行い、救急隊員の資質向上を図ることで、地域住民に良質な救急医療を24時間提供する。具体的には消防機関と救急医療機関との協同作業によって行うところの、1)救急隊が現場からいつでも迅速に救急担当医師等に指示、指導、助言が要請できる、2)病院搬入までに実施した救急活動全般の医学的判断、現場ならびに搬送中の処置、病院選定の適切性について医師による事後検証を個々の事例一つ一つについて詳細に行い、その結果を再教育に活用する、3)救急救命士の資格取得後就業中の再教育、生涯教育として救急医療機関における一定基準以上の技術習得ならびに症例検討会での発表等を行い自己研鑽に努める環境を整備する、ための管理システムのことである。 

 広義のメディカルコントロールとは、救急救命士によるプレホスピタルケアの医学的事後検証に終わるだけではなく、救急医療体制を構成する諸要素を医学的に計画し、実践し、検証して新たな提案を行って地域住民が受けるプレホスピタルケアの質を保障することにある。諸要素の中には、患者の収容された救急医療機関における医療内容の検証も将来展望に含めることになる。

救急活動記録表(検証票)の様式について

 救急救命士制度の導入をうけ、導入効果やOHCAへの救命効果測定のための指標作成ならびに比較検討を目的として1994年から「救急蘇生指標」が定められてきた。しかし、救急活動における時間関係の不明なことやOHCAに至った原因の混在などにより比較検討は困難であった。救急救命士に対する救急業務拡大が図られつつある社会状況の変化を踏まえ、救急蘇生指標の様式見直しも含め検討されることとなった。より医学的見地にたった統計項目、ならびに地域間・国際間の比較検討が可能となる指標を作成するべき時期にあると指摘されてきた。このような問題を解決するために、現行の救急蘇生指標に代わり、国際標準である「ウツタイン様式」に基づくOHCA患者に係わる救急活動記録を2005年1月から全国的に導入した。これにより、各地域におけるプレホスピタルケアの充実に資する重要なデータが科学的に導き出され、chain of survivalの弱点部分が個別に浮き彫りにされるものと期待されている。

救急業務高度化は救命率向上に寄与するか?

 これに関して興味ある研究結果が報告されている。カナダオンタリオ州でおこなわれたプレホスピタル二次救命処置の研究では、OHCAの90%が8分以内に除細動可能で、二次救命処置可能なパラメディックが80%のOHCAに11分以内に到着でき、90%に気管挿管実施した条件下では、パラメディックが薬剤投与や気管挿管を早期除細動に加えても、入院率は有意に上昇するが、更なる生存退院率の改善につながらなかったとしている。

 この研究報告は、気管挿管が始まり薬剤投与が予定されているわが国の救急業務高度化の流れを否定するかのようであるが、救急医療体制がいまだ十分に整備されていないわが国では異なる結果が出ることが予想される。また、いままで生存退院率が低かったのもこれらの処置ができなかったためではないことも暗に示しているのではないかと思われる。言い換えれば、chain of survivalの迅速な連携、すなわち虚脱したところを目撃した人が、直ちに救急要請すること、心肺蘇生を行うこと、現場で除細動を行うことにつきるということである。

おわりに

 救急救命士によるプレホスピタルケアが整備充実されることの意義は大きいが、OHCA患者に対して現場到着までに要する時間という限界があるために、脳障害を残すことなく救命効果が最大限発揮されるには、居合わせた人によって虚脱(心停止)するところを目撃され、119番通報の後、心肺蘇生ならびに除細動実施の一連の救命行為が迅速になされること、すなわち医師や救急隊員に過度な期待をするのではなく、「市民が救命の主役」になる町づくりが重要であることをさらに啓発して行く必要がある。

 OHCAの原因の多くは冠動脈関連疾患である。そのため、心拍再開した心原性VF例の病院収容までの循環維持の術と病院選択の問題、さらには非OHCAであっても急変しやすい疾患特性があるため搬送中の安心と安全を確保するには、今後どのようなプレホスピタルケアを構築するのが最善か、消防ならびに救急医療機関双方に改めて問われる時代となった。

本論文は、メディカルビュー社のHeart View 9巻13号、2005年に掲載されたものから抜粋した。